2026/5/22
名古屋は一気に夏の陽気です。お昼休みに市役所周辺を少し歩くことがありますが、市公館のそばには、名古屋中央大通連合発展会とシャンゼリゼ委員会との友好提携を記念して植えられたマロニエの木が青々と茂っています。銘板の文字はすでに薄れ、提携がいつのことだったのかも判然としませんが、少なくとも四十年近くの歳月を経ているはずです。今では、前を横切る人の中でも、その由来を知る人はほとんどいないのかもしれません。
さて、福島県の高速道路で、高校生が命を落とすという痛ましいバス事故がありました。これを受け、名古屋市は今月15日付で、市立すべての高校・中学校に対し、部活動における生徒移動の安全管理徹底を求める通知を出しました。あわせて、市立高校および、昨年度に全国大会等の交通費として「貸し切りバス」に係る補助金を申請していた市立中学校10校を対象に、「白バス行為」に該当する事例がなかったか調査を行い、先ごろ違法事例は確認されなかったとの結果が公表されました。
今回の事故は、単なる法令順守の問題にとどまるものではありません。子どもたちの命を預かる以上、「これまで大丈夫だった」という慣れや思い込みを排し、移動手段の安全性を不断に点検し続ける姿勢こそが何より求められます。
部活動や大会参加は、子どもたちにとってかけがえのない経験です。その尊い学びの場が、悲しみに変わるようなことがあってはなりません。部活動は教育活動の延長線上にありますから、勝敗や成果以上に、まず子どもたちが無事に帰ってくることが大前提です。事故の記憶を一過性のものとせず、「命を守る」という原点に立ち返りながら、継続して安全管理に万全を期していくことが重要だと考えます。
あえて冒頭、華やかな歴史を感じさせるマロニエの話を持ち出しましたが、内容の如何にかかわらず、人の記憶とは、時とともに薄れていくものです。もちろん、「忘れられるからこそ、人は生きていける」という考え方も、また真理でしょう。しかし一方で、心のどこかに留め続けなければならない、肝に銘ずべきものがあるはずです。
市政の場で、ある程度の年月、議員を務めさせていただくなかで、私は「風化することの怖さ」を実感することがあります。少なくとも自分が関わった時代については、「市政の記憶」と呼ばれるような仕事を積み重ねていきたい――そんな思いを抱いています。
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ハットリ マサヤ/57歳/男
ホーム>政党・政治家>はっとり 将也 (ハットリ マサヤ)>薄らぎゆく記憶、そして銘肝すべきこと