2026/5/23

私は、今の日本の福祉制度は、すでに限界に近づいていると感じています。2000年に始まった現在の介護保険制度は、
そんな時代背景の中で作られました。
当時はまだ、家族、地域、近所付き合い、支え合いが社会の中に残っていました。だから制度も、その“残っていた支え”を前提に設計されていたんだと思います。でも2040年を見据えた今、日本社会はまったく違う姿になっています。
今の制度は、現場の努力と善意でなんとか持ちこたえている。でもそれは、
「制度が機能している」のではなく、
「誰かが無理をして埋めている」
状態です。
日本の福祉には、慈愛、奉仕、我慢、優しさ、美徳という文化が強くあります。もちろん、それ自体は悪いことではありません。でも問題は、
「その優しさを前提に制度を成立させている」
ことです。結果として、家族、介護職、支援者、真面目な人、責任感の強い人に負担が集中している。
「かわいそうだから」
「福祉だから」
「支えるべきだから」
そうやって、現場に無限の努力を求め続けている。でも、それではもう持ちません。職員を犠牲にして成り立つ制度は、制度ではありません。

野球場の観客席のイラストがあります。
背の高い人、中くらいの人、小さい人。全員が同じように見えるように踏み台を配る。それを「公平」と説明する。でも私は、「全員に同じ景色を見せること」だけが公平だとは思いません。本当に大事なのは、“それぞれが、それぞれなりに楽しめること”ではないでしょうか。
背の高い人は、そのまま生で観戦できる。中くらいの人は、少し踏み台を使えば見えるかもしれない。小さい人は、大型モニターやテレビカメラを通して、別の形で楽しめるかもしれない。
でもそこから、努力する、積み上げる、誰かに支えられることで、さらに上の景色を見ることもできる。
つまり大切なのは、
「全員を同じ高さにすること」ではなく、
「誰もが楽しむことを諦めなくていい社会」を作ること
だと思うのです。
私たちは普段、カプセルホテル、ビジネスホテル、シティホテル、ラグジュアリーホテルを普通に選んでいます。予算。目的。価値観。それぞれに応じて選択している。それを“不公平”とは誰も言わない。でも介護や福祉になった瞬間、
「全員を最高級ホテルに泊まらせなければかわいそうだ」
という方向へ進み始める。でも本来大事なのは、「宿泊できること」であって、「全員が最高級サービスを受けること」ではなかったはずです。

私は、「福祉は尊いものだ」という考えを否定したいわけではありません。でも同時に、福祉は“事業”でもある。だから、財源、人材、持続可能性、リスクヘッジ、サービス段階、選択肢を考えなければならない。今の日本は、
「最低限の負担で、最高峰のサービスを全員へ」
という方向へ進みすぎています。でも、それでは持ちません。結果として、財源不足、人材不足、業界離れ、現場崩壊が起きている。つまり、
「レバレッジ効果」を追い求めた結果、リスクヘッジができていなかった
ということです。本来なら、「最大効果を狙うなら、最大リスクも想定する」必要があった。しかし日本の福祉は、誰かが頑張ってくれる、家族が支えてくれる、現場が耐えてくれる、善意が埋めてくれるという前提で回してしまった。その結果、“ダメージが跳ね返り始めている”のだと思います。
私は、「もっと福祉を増やそう」と言いたいわけではありません。必要なのは、
“福祉をマネジメントする国家構造”
への転換です。

ここで言う「介護」は、“高齢者介護”ではありません。私は、
「介護=人の生活を支えること」
だと考えています。つまり、高齢、障害、子育て、医療、就労、孤立、認知症、地域生活など、
“人の暮らしを支えるすべて”
を対象にした、新しい国家基盤です。
名称案
国民生活総合支援法
通称
介護保険2040
現在の介護保険法は、実態として、「高齢者生活支援制度」になっています。だから現行制度は、「高齢者生活支援法」へ再編する。その上で、「介護保険」という言葉を、本来の意味へ戻す。つまり、“人を支える国家基盤”として再定義する。
対象は、高齢者、障害者、子ども、子育て世帯、認知症、生活困窮、孤立、就労困難、地域生活課題など。つまり、「すべての生活支援」です。
内閣府 介護保険戦略局
としたらいいなと思います。大事なのは福祉から戦略かなと。
厚労省が持つと、どうしても、福祉、医療、支援、保護の延長になる。でもこの構想は、人口減少、地域崩壊、労働、財源、孤立、教育、地域経営まで関係する。つまり、「国家運営」そのものです。
だからこそ、“福祉政策”ではなく、“国家生活基盤戦略”として扱う必要がある。
ここは誤解してほしくない部分です。私は、全国一律の型を押し付けたいわけではありません。地方には地方の事情がある。都市部と限界集落では、必要な支援は全く違う。だから、実働は自治体、民間、地域、既存制度が担えばいい。大切なのは、“全体をマネジメントする国家戦略”なんです。
そうした、“新しい国家OS”を作らなければ、2040年の日本は支えきれないと考えています。それが、「介護保険2040」に込めた思いです。
実はこの構想は、もともと僕自身が、「もし国会議員になったら、人生をかけて取り組みたいこと」として考えていたものです。
日本の福祉を、もっと持続可能な形へ変えたい。善意や我慢だけに依存しない社会へ変えたい。制度をただ増やすのではなく、制度同士をつなぎ、本当に必要な人へ、必要な支援が届く社会を作りたい。そんな思いの中心にあったのが、この「介護保険2040」という構想でした。
参議院の公認挑戦を目指しレポートにまとめたこともあります。でも今、僕が国会議員になる道は、現実的にはもうありません。だからこそ今思うのは、この思いは、誰か国を動かせる人へ、未来へ、引き継がれてほしい。ということです。
国でできないなら、地方から始めればいい。
大きな制度改革は、当然すぐにはできません。でも、縦割りになっている制度を総括的に整理し、包括的にマネジメントし、地域として最適化していく。そんなことは、自治体レベルでも、きっとできるはずなんです。むしろ、それをやらない限り、「本当の連携」なんてできない。
介護業界の中で、ずっと不思議だったことがあります。
「ケアマネなんて役に立たない」
「直接介護しない」
「いらない」
そう言われながらも、実は介護業界の中で一番大きな役割を持っていたのは、“介護を直接しない職種”だったということです。
ケアマネジャーは、介護をするわけではない。医療をするわけではない。カウンセリングをするわけでもない。でも、必要な支援を整理し、人と制度をつなぎ、専門職を結び、優先順位を決め、全体をマネジメントする。その役割を担っていた。これは、今までの介護業界に本当に存在していたんだろうかと思うくらい、特殊で、そして重要な役割だった。
はからずも、僕の人生の中で、ずっと大切にしてきた一冊があります。ピーター・ドラッカーの『マネジメント』です。
マネジメントとは、単なる管理ではない。限られた資源を、どう活かし、どうつなぎ、どう最大化するか。そして、組織や社会を、どう持続可能にするか。その考え方こそ、これからの日本の福祉に必要なんだと思っています。
国を変えることだけが、未来を変える方法ではない。自治体だからこそできることもある。制度をつなぎ、地域を見て、人を見て、生活全体を支えていく。そんな、「戦略的福祉自治体」を目指したい。それが今、僕の考える、現実的で、そして目指すべき挑戦です。
この記事は音声で打ち込んだものをAIと壁打ちしながら作った記事です。
なので骨子は自分の言葉で作ってます
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