2026/5/23
高知競馬をこよなく愛する「清水おさむ」、前・高知競馬組合議会副議長です!
「福永洋一記念」の誕生には、当時の高知競馬が置かれていた厳しい状況、そして競馬界のスターたちの熱い思いが奇跡的に噛み合った、非常にドラマチックな背景があります。
1. どん底だった高知競馬と「夜さ恋ナイター」の始まり
2000年代後半、高知競馬は売上の減少が続き、いつ廃止になってもおかしくないほどの深刻な経営難に陥っていました。
そこで生き残りをかけ、2009年7月に地方競馬で全国初となる通年ナイター開催「夜さ恋ナイター」をスタートさせます。このナイター開始を盛り上げるため、全国から強力な助っ人が駆けつけることになります。
2. トークショーでの「天才の息子」のひらめき
ナイター開始からわずか1ヶ月後の2009年8月。高知のトップジョッキー・赤岡修次騎手とJRAの武豊騎手との親交が縁となり、高知競馬場で豪華な応援イベント(トークショー)が開催されました。
そこに集まったのは、武豊騎手、石橋守騎手、川田将雅騎手、そして福永祐一騎手(当時、現調教師)という、中央競馬(JRA)のトップスターたち。
熱気あふれるファンの前でマイクを持った福永祐一騎手が、ふとこう切り出したのです。
「高知といえば、坂本龍馬と福永洋一だと思います。いつかこの高知競馬場で『福永洋一記念』を創設できれば……」
実は、祐一氏の父である福永洋一氏は高知県の出身。幼少期を身寄りのあった高知競馬場で過ごし、そこから中央競馬へ羽ばたいて「天才」と呼ばれるまでになった、いわば高知競馬が生んだレジェンドでした。
3. 異例のスピードで実現へ
この祐一氏の発言は、単なるリップサービスでは終わりませんでした。
経営難からの復活を目指し、泥臭く新しい挑戦を続けていた高知県競馬組合は「ぜひやりましょう!」と、その提案を快諾。なんと翌年(2010年)の5月には、早くも「第1回 福永洋一記念」が開催されるという異例のスピードで実現したのです。
レースの賞金などは高知県競馬組合が負担し、祐一氏自身が個人的に協賛金(主に広報費)や副賞のトロフィーなどを提供するという、JRAの現役トップ騎手が地方競馬の重賞を全面的にバックアップする前代未聞の形が整いました。
第1回大会(2010年)には、1979年の落馬事故以来、大公の場に姿を現すことが少なかった福永洋一氏本人が、車椅子で高知競馬場の表彰式に登壇しました。
かつて洋一氏が「年を取ったら高知に住みたい」と妻に語っていたほど愛した故郷の土を踏み、大歓声で迎えられたその姿に、詰めかけたファンや関係者は涙を流したといいます。
単なる経営支援のイベントではなく、「父の功績と名前を競馬界に、そして故郷に遺したい」という息子の親孝行であり、瀕死だった高知競馬に夢を与えた希望の光。それが、この福永洋一記念というレースの本当の物語です。
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