2026/7/31
新しい議会が始まり、本会議場で議員の自己紹介が行われた。今回の自己紹介は、ほんの一言、議員が自分の考え方を示すという形になった。こういう自己紹介は、初めてのことだった。ぼくは10期目、初心に立ち返ってがんばりますと言う一言を用意していたが、ぼくの少し前の人が「初心」という言葉を使ったので、一言メッセージを変えた。
「東芝弘明です。10期目です。平和的生存権と国民主権を貫いてがんばります」
これがぼくの自己紹介となった。急遽文言を変更したが、なかなかこの言い方が自分では気に入った。平和的生存権は全ての土台であり、この上に国民主権があるというのは、憲法の大原則だと思う。地方自治体の中でも、この精神を貫いてがんばりたいと思う。議員も行政も、住民から信託を受けて働いている。どんな場合でも国民主権を貫いて努力をするというのは、大事な基本になる。今回は、憲法の精神を短く語ったつもり。地方自治体の場合は、住民主権と言うことになり、在留外国人も、滞在者も含めて全ての住民の権利を守るということになり、この考え方は国民主権よりも広い。
ぼくは過去2年間、後期高齢者医療広域連合の議員として活動した。議員数は31人。この議会は、日本共産党以外の議員が質疑の通告もしなければ、一般質問もしないという傾向が強い。あるとき、11時から始まる議員全員協議会で、「早く帰りたいので」と言いつつ、〝通告をしない議員の発言を認めないという申し合わせ事項を維持すべきだ〟という発言を行った議員もいた。とにかく、日本共産党の議員が質疑の通告や反対討論、ときには一般質問も行うので、会議が長引いている。
この現状に対し、広域連合議会以外の場で「かつらぎ町から来ている議員は、この議会に来ないようにしてほしい」という意見が何度も出されてきた。2年前に後期高齢者の議員になる人が誰もいなかったので、ぼくが手を上げ、全員協議会に報告すると、ぼくの隣に座っていた元議長だった議員が、めずらしく感情的になって「また、迷惑をかけに行くのか」と発言したことがある。さらに過去に遡ると、他の議長経験者からも「東芝君、今やから言うけど、東芝議員は来んなと言われていたんや」と言われたこともある。
後期高齢者医療広域連合の事務局からこういう意見が出されているのではないと思っている。「東芝議員は来るな」という意見が、どの場で出されているのかは分からないが、「東芝議員は来るな」という力が働いている。
今日は、「他の議会では副議長が議会で選出されて後期高齢者医療広域連合議員となっているので、かつらぎ町議会も副議長が行くようにすべきだ」という提案がある議員からあり、「所管の常任委員会で選出する」という申し合わせの改正案が出された。これは今までの申し合わせの改正になるので、「ぼくの議員活動を良くないと思っている意見なのか」を問いただすと、「そんなことではない。県内の議会では副議長が議員として出ているので、それに合わせるせるべきだということです」ということだった。
今回の改正提案は、共産党の議員の排除でもなければ、東芝議員の排除でもないということだ。
議論の結果、結論としては、申し合わせは改正せず、今回は、副議長が選出されて行くことになった。この過程の中で、ぼくは広域連合議員になろうとは思っていませんという趣旨も伝えた。
議会による広域連合議員の選出の仕方を、他の議会と同じように合わせるべきだという理論には根拠がない。申し合わせ事項を改正すべき理由にはならない。
日本共産党議員が、後期高齢者医療広域連合議員として活動することの意義は大きいと思っている。ぼくは何度かこの議会の議員になってきたが、保険料の引き下げや集団健診の実施、県保有の基金活用、議会提出の説明資料の改善などの実績を生み出してきた。現状を率直に言えば、後期高齢者医療広域連合議会に日本共産党の議員がいるのといないのとでは、事務事業にかなりの違いが出てくると思っている。議案や予算案、決算案が議会に提出されたら、質疑・討論・採決を行うのは、当たり前のことだろう。
後期高齢者医療広域連合の議員の多くのみなさんは、通告をしないし、通告をしない議員の発言を認めていない。充て職のようにして選出された議員が、通告さえしないのであれば、日本共産党議員のようにこの制度と格闘し、県民の健康を守りたいという立場でこの議会に出て、質疑・討論・採決を行う方が、県民のためになる。
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>東芝 ひろあき (トウシバ ヒロアキ)>【かつらぎ町】平和的生存権と国民主権