2026/7/21
こども基本条例制定に係る調査特別委員会があり、傍聴しました。
この特別委員会は、2025年6月から活動していた「こども基本条例制定に係るプロジェクトチーム」の検討を引き継ぐ形で設置されたものです。プロジェクトチームから特別委員会へ移行したことで、議論の過程がより見えやすくなります。透明性を高めるという意味では良いことだと思います。
今回の委員会では、これまで各委員から提出された課題の整理や、こどもや保護者に対するアンケート案などについて意見交換が行われました。
課題として挙げられているのは、こどもの意見表明、不登校、居場所、いじめ、虐待、ヤングケアラー、スマートフォン、部活動、芦屋の歴史や文化など多岐にわたります。いずれも大切な課題だとは思います。
ただ、話を広げればこどもに関係する課題はいくらでも出てきます。
今回の議論を聞いていて、どこを到達点とするのか。何を条例で定めるのか。個別施策はどこまで扱うのか。その方向性がまだ見えにくいと感じました。
こども基本条例は、こども施策を列挙するパンフレットではないと思っています。基本条例として定めるのであれば、個別の事業よりも「こどもをどのような存在として捉えるのか」「行政や大人はこどもとどのように向き合うのか」といった普遍的な理念や基本姿勢が中心になるのだろうと思います。
ただ、理念条例であっても「芯」は必要です。
なぜ芦屋市で今この条例が必要なのか。既存の法令や制度では何が足りないのか。条例をつくることで何を変えたいのか。ここが明確でなければ、条例を制定すること自体が目的になりかねません。
こどもの人権を守ることは当然です。
一方で、保護者には教育や扶養、安全を守る責務があります。こどもの意思を尊重することと、こどもの希望をすべて認めることは同じではありません。例えば、こどもが道路に飛び出そうとすれば、本人の意思に反してでも止めなければなりません。他者を傷つける行為についても厳しく指導する必要があります。
こどもの意見を聴くことは大切です。しかし、生命や安全、他者の権利に関わる場面では、大人が責任を持って判断しなければならないこともあります。
教育やしつけの中では、保護者が感情的に叱ってしまう場面もあります。親も人間です。子どもの命や将来を真剣に考えるからこそ、強く叱ることもあります。
その一場面だけを切り取って人権侵害と判断できるものでもありません。どこまでが必要な教育やしつけで、どこからが人権侵害なのか。この線引きは非常に難しく、杓子定規に決められるものではないと思います。
だからこそ、条例をつくるのであれば、具体的な事例や現場の葛藤にも向き合う必要があります。
今回示されたアンケート案も、学校生活、居場所、不登校、スマートフォン、歴史や文化、子育て施策など幅広い内容となっています。
ただ、このアンケートで何を明らかにしたいのか。その結果を条例のどこへ反映するのかは、まだよく分かりませんでした。
自由闊達に意見を述べること自体は良いことです。しかし、最初に条例の目的や到達点をある程度定めなければ、議論はどこまでも広がります。
こどもにまつわる問題点などを洗い出すのもとてもいいことだとは思います。ですがこれは「基本」条例です。条例の方向性を、骨子としてある程度定めることは大事だと思います。
その上で、まず粗々でもいいので条例案をつくり、たたき台としたほうがいいのではないかなと思います。そして、条例本文に書くことや既存事業で対応することなどを整理したほうが議論しやすいのではないかと思います。
今後、条例案が提案されたとしても、現時点で条例そのものに反対するものではありません。話の流れを見ても、こども施策に悪影響を及ぼすような条例案が出てくることは、まず考えにくいからです。
ただ、条例をつくっただけで終わるのであれば意味はありません。制定後に何を動かすのか。行政や学校の取組をどう検証するのか。こどもの意見をどのように聴き、どのように返していくのか。条例によって何が変わるのか?が最も重要になります。
今後、委員会においてその仕組みまで含めて議論されることを期待します。
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