2026/5/23
まず、辺野古沖でお亡くなりになった生徒さん、そして船長の方のご冥福を心よりお祈りいたします。ご遺族の悲しみを思うと、言葉もありません。
けさの新聞で、同志社国際高校の研修旅行中に起きた辺野古沖の船転覆事故について、文部科学省の調査結果が報じられていました。安全管理が著しく不適切であったことに加え、研修内容についても「特定の見方・考え方に偏っていた」とされ、教育基本法との関係が問題視されたという内容でした。
この問題で、私がまず強く感じるのは、何よりも「子どもの安全」が最優先でなければならなかったということです。京都府の説明によれば、ボート乗船に関する下見が十分でなかったこと、引率教員の配置が不十分であったこと、ライフジャケットの着用方法などの事前安全指導がなされていなかったことなどが確認されています。学校行事は、子どもたちにとって一生の思い出になります。だからこそ、その前提には徹底した安全確認がなければなりません。
もう一つ、私が重く受け止めたのは、教育の政治的中立性の問題です。
私は、政治的なテーマを学校で扱ってはいけないとは思いません。むしろ、沖縄の基地問題、戦争と平和、国会、憲法、社会保障、地方自治など、現実の社会には答えが一つではない問題がたくさんあります。子どもたちがそうした問題に触れ、自分の頭で考えることは、とても大切です。
しかし、それは「一つの結論に導くこと」とは違います。
賛否が分かれる問題であれば、賛成の立場、反対の立場、政府の考え、地元の考え、当事者の思い、歴史的経緯、国際関係など、できる限り複数の視点を提示する必要があります。そのうえで、子どもたちが「では自分はどう考えるのか」と向き合う。それが本来の学びではないでしょうか。
私自身、政治に関わる立場にあります。当然、私にも私なりの考え方や信条はあります。しかし、PTA会長などを務めていたとき、学校や保護者の場で自分の政治的主張を持ち込んだことはありません。なぜなら、子どもたちや保護者の集まりは、私の政治的思いを広げる場ではないからです。公の立場と私的な思いを混同してはならない。その線引きは、政治に関わる者ほど慎重であるべきだと思っています。
来週から、私の息子も修学旅行で東京へ行きます。私たちの頃とは違い、グループでの自由行動もあるそうです。全員で行くのは国会議事堂と東京ディズニーランドとのこと。まさに、学びと楽しみの両方が詰まった修学旅行です。
国会議事堂では、民主主義の仕組みを肌で感じてほしい。東京ディズニーランドでは、友だちと大いに楽しんできてほしい。自由行動では、仲間と相談し、時間を守り、公共の場での振る舞いを学んでほしい。修学旅行とは、教科書だけでは学べない社会の広さを知る機会でもあります。
だからこそ、学校には安全管理と教育内容の両面で、慎重で誠実な準備をお願いしたいと思います。
平和教育は大切です。社会問題を学ぶことも大切です。けれども、それは特定の主張を子どもたちに背負わせることではありません。子どもたちに必要なのは、誰かの結論をなぞることではなく、複数の事実と意見に触れ、自分で考える力を育てることです。
修学旅行は、先生の思想を追体験する場ではありません。子どもたちが社会に出ていくための、小さな旅です。
その旅が、安全で、楽しく、そして本当に学びのあるものになることを願っています。
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