2026/6/11
【青山士(あおやま あきら)の生涯】
中泉出身の偉人・青山士氏について高崎哲郎先生のご講話をお聞きしました。
青山氏は、日本人として初めてパナマ運河建設に携わった技術者として高い評価を受け、帰国後は荒川放水路の建設責任者として日本の水害対策に大きく貢献しました。
その根底には、「技術は人のためにある」という信念があったそうです。
また、無教会主義のキリスト教思想家・内村鑑三の教えに深く影響を受け、平和と人類愛を大切にしていました。
戦争や暴力を否定し、関東大震災の際には朝鮮人を自宅の離れにかくまったというエピソードも紹介されました。
晩年は磐田市で清貧な暮らしを送り、84歳でその生涯を閉じました。
亡くなる前年に詠んだ短歌が、青山氏の人生を象徴しているように感じます。
『晴れもあり 雨の日もあり 八十年 御国へいたる さすらいの旅』
郷土が生んだ偉人の生き方に、大いに学びました。
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