2026/5/21
選挙が近づくと、駅前で政治家や候補予定者を見かけることが増えます。
朝早くから立ち続ける。
頭を下げる。
毎日続ける。
簡単にできることではありませんし、その努力自体を否定したいわけではありません。
ただ、ふと思うことがあります。
その活動量は、本当に市民の暮らしを理解することにつながっているのだろうか。
もちろん、駅に立てば多くの人と接触できます。
名前を覚えてもらう効果もあるでしょう。
でも一方で、今の市民生活はかなり複雑です。
物価高、保険料、子育て、介護、人手不足。
中小企業や個人事業の現場では、「頑張っても余裕が出ない」という声も少なくありません。
そうした日々の感覚は、駅前で一方的に発信しているだけでは、なかなか見えてこない気がするのです。
本来、政治に必要なのは話す力だけではなく、聞く力のはずです。
何に困っているのか。
なぜ不満が出ているのか。
制度のどこで現場とズレているのか。
そこを知らないまま、活動している姿だけが増えていくと、逆に政治が遠く感じられてしまうこともある。
現場の仕事では、相手の状況を理解せずに提案しても、まず通りません。
だから最初に聞く。
確認する。
そして必要なら、やり方を修正する。
政治も、本来は同じではないでしょうか。
毎日どこかに立って挨拶をすることと、
この場所で暮らしていることを理解していることは、必ずしも同じではない。
そんな当たり前のことを、最近あらためて考えています。
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ナカガワ タカユキ/47歳/男
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