2026/6/10
日本政治は今、大きな転換点にあります。自民党の長期優位が崩れ、多党が乱立する中で、「中道」とは何か、「改革」とは何かが改めて問われています。私が中道改革連合の結党に加わったのは、この問いに正面から答えようとしたからです。手がかりは三人の論者の知見にあります。米国の政治哲学者デニーン、倫理学者サンデル、そして日本の政治学者・篠原一、この三者の問題提起を統合することで、中道政治の思想的根拠が浮かび上がります。
◆ リベラリズムの自己崩壊という診断
デニーンは、保守と革新が対立しているように見えて、実は個人の自由の極大化という同一の根から生えた双子にすぎないと喝破しました。市場の自由を説く右派も、個人の解放を説く左派も、共同体・家族・地域という「媒介的制度」を解体する方向で一致してきました。日本でも同じ構図があります。与野党の対立が演出される一方で、地方の疲弊、孤立する個人、空洞化する地域経済という現実は放置されてきました。対立の枠組みそのものを問い直すことなく、政治は本質的な課題から目を背け続けてきたのです。
◆ 能力主義の傲慢が共同体を壊す
サンデルは能力主義の罠を鋭く指摘します。「努力した者が報われる」社会は一見公正に見えますが、実際には出発点の不平等を「自己責任」として固定化する装置です。勝者は傲慢になり、敗者は共同体への帰属感を失います。これが社会分断とポピュリズムの温床です。奈良の農山村でも、地域産業の空洞化と若者の流出という形でこの問題は現実に存在します。単なる競争の公正化ではなく、共通善を問い直す政治こそが必要です。経済的な勝ち負けだけで人の価値を測る政治から、私たちは脱却しなければなりません。そのためには、まず政治の土俵そのものを変える必要があります。
◆ 連合政治という技術と文化
篠原一は二大政党制神話からの脱却を訴え、理念の異なる政党が政策的合意を積み上げる「連合の文化」こそ民主主義の成熟形だと論じました。その鍵となるのが「かなめ党」、すなわち左右の橋渡しを担う中間的政党の存在です。連合とは同じ思想の仲間が集まることではなく、差異を前提とした合意形成の技術です。レイプハルトの多極共存型民主主義が示すように、「敗者を出さない」政治体制こそが多元的社会を安定させます。中道改革連合はこのかなめ党の実践であり、価値観の違いを超えて政策で合意を形成する場として機能しなければなりません。
◆ 「あるべき姿」を制度として設計する
デニーンは問題の構造を描き、サンデルは価値論の再建を説き、篠原は合意形成の技術を示しました。三者はそれぞれ異なる角度から共通の問いを照らしています。市場と二大政党制が共同体を解体してきた、その修復をどう制度化するか、という問いです。私の原点は工学にあります。「あるべき姿」を客観的に導き出し、それを具体的な制度として実装することが政治家の仕事です。三者の知見を日本の文脈で統合し、制度設計として実践に落とし込むこと、それが中道改革連合の使命であり、私が政治に関わり続ける理由です。
The post 中道政治の思想的根拠を問い直せ! first appeared on 馬淵澄夫(まぶちすみお)奈良県第1区 前衆議院議員.
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>馬淵 澄夫 (マブチ スミオ)>中道政治の思想的根拠を問い直せ!