はっとり 将也 ブログ

鬼平の台所

2026/7/11

 きょうは、軽そうでいて、案外そうでもない話をひとつ。

 私は子どものころから時代劇を見るのが好きです。たまの余暇には、BSで再放送されている池波正太郎原作の『鬼平犯科帳』に見入ってしまうこともあります。私見ながら、やっぱり吉右衛門版がしっくりきますね。

 ところで、江戸時代の武士、とりわけ御家人や役人が、限られた俸禄の中で家計や役目をやりくりし、内職や倹約に苦慮していたことは史料などからもよく知られています。過日の放送でも、火付盗賊改方長官・長谷川平蔵が、公務をこなしながら役宅や郎党の暮らし向きにも腐心する姿が描かれていました。当時は公私の境界が現在ほど明確ではなく、役目には家政的な側面も含まれていたのでしょう。そうした時代背景を踏まえても、その姿はどこか親しみ深く映りました。もちろん、江戸時代と現代とをそのまま比較することはできませんが、公職にある者が限られた条件の中で責任を果たそうとする姿には、時代を超えて通じるものがあるように感じます。

 現在の議員活動でも、必要な経費をどう捻出し、どうやりくりするかは決して小さな課題ではありません。私自身も決して潤沢な環境ではありませんが、工夫を重ねながら活動を続けています。また、政務活動費についても、その趣旨に沿って適正に活用し、市民の皆様への報告や政策立案などに役立てています。

 『鬼平』の世界を見ながら、公職にある者の仕事とは、表舞台の華やかな場面だけではなく、人知れず知恵を絞り、与えられた条件の中で最善を尽くす営みなのだと改めて感じました。ふだんなら豪快な剣さばきや捕物に目を奪われますが、その日は、暮らしや役目を切り盛りする「台所事情」がことのほか印象に残ったのです。

 一方で、『鬼平』には、時代の違いを感じさせられる場面もあります。事件を解決した平蔵が、旗本だったか、大身から珍しく礼金を受け取る描写は、当時の慣習としては不自然ではなかったのかもしれません。しかし現代の感覚では、公職にある者が職務との関係で利益を受けることには厳しい目が向けられます。

 歴史番組や時代劇は、過去をそのまま美化するためのものではなく、何を受け継ぎ、何を改めるべきかを考えさせてくれる存在だと思います。限られた資力の中で責任を果たそうとする姿勢には今なお学ぶべきものがありますが、公私のけじめを明確にし、透明性を徹底するという考え方は、現代社会が積み重ねてきた大切な進歩と言えるでしょう。

 時代劇は、現代を映す鏡でもあります。その日、『鬼平』を見ながら、公職にある者の責任とは何か、そしてその責任をどう果たすべきかを、改めて考えさせられました。

 そうそう、きょうが父の命日であることを、昼近くになって思い出しました。父もまた時代劇の好きな人でした。久しぶりに父の横顔をよみがえらせています。思い出せてよかったです。

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著者

はっとり 将也

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肩書 名古屋市会議員(北区)
党派・会派 立憲民主党

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