2026/5/23
先日、東京で「家事支援国家資格」について、関係省庁の方々と直接お話をする機会がありました。


最近、この話題。
SNSやニュースでもかなり見かけるようになりましたよね。
「ヘルパーが不要になるの?」
「保育士と一本化?」
「外国人労働者向け?」
「家の中に他人を入れる制度を広げたいの?」
いろんな声が飛び交っています。
でも実際に現場へ行って感じたのは、正直、「まだ制度完成前」ですらないということでした。
例えるなら、「来年の運動会をどうするか先生たちが話し始めた段階」で、なぜか地域では、「親子競技が廃止されるらしい!」という噂だけが独り歩きしている。そんな感覚に近かったんですよね。
今回の制度。実はかなり多くの部分が「これから検討」です。
・税制優遇をどうするのか
・誰を対象にするのか
・既存資格との関係
・試験内容
・実施団体
・自治体事業との整理
こうした部分は、まだ固まり切っていません。
だからこそ、今は「賛成か反対か」で殴り合う時期ではなく、「現場の声をどう入れるか」が重要なんじゃないかと僕は感じました。
特に介護や育児の現場では、制度だけでは支えきれない部分が本当に多いんです。
例えば介護保険。
ヘルパーさんは利用者本人の支援はできます。でも、
・家族全員分のご飯
・同居家族の洗濯
・制度外の細かな困りごと
こうした部分は制度で対応できないケースも多い。
現場では、「そこが一番困ってるんです」ということも少なくありません。
だから今回の話も、「介護福祉士を置き換える」みたいな方向ではなく、
むしろ「制度の隙間」を埋めるための、生活支援スキルの整理に近い印象を受けました。


ただ同時に、僕は少し別のことも考えていました。
もしこの資格を作るなら、「お母さん役」を増やす資格ではなく、若い世代が、「生きる力」として学べる資格にできないだろうか、と。これ、すごく大事な視点だと思うんです。
今の若い世代。
料理を習う機会。
洗濯を学ぶ機会。
高齢者との接し方。
子どもとの距離感。
生活の安全管理。
実は、
「生きる技術」を体系的に学ぶ機会がかなり減っています。
でも、一人暮らしを始めた瞬間に必要になる。親が倒れた時に必要になる。子育てを始めた時に必要になる。
つまり、家事支援って「家の手伝い」ではなく、人が生活するための基礎技術なんですよね。
しかも最近は、親や祖父母から教わることに抵抗感を持つ若者もいます。「なんでこんなこともできないの!」と言われると、学びが“怒られる場”になってしまう。でも、学校や資格講習なら、「スキル」として素直に学べることもある。
これって、すごく重要なんじゃないでしょうか。

例えば高校生の段階で、
・調理
・洗濯
・掃除
・高齢者との関わり
・子どもとの接し方
・安全管理
を学べるとしたら。
将来、介護職や保育、福祉、医療に興味を持つ入口になるかもしれない。あるいは、ヤングケアラー支援にもつながるかもしれない。「助けて」が言いやすくなるかもしれない。そして、資格を持つ人が増えることで、「分かるよ」「困るよね」と言い合える社会になる可能性もある。
僕は、そこに少し希望を感じたんです。
もちろん、制度設計は慎重にしないといけません。
既存資格との整理。
自治体独自事業との関係。
利用者保護。
信頼性。
税制優遇。
まだまだ課題は山ほどあります。だからこそ、現場から声を届け続ける必要がある。
地方には、国がまだ気づいていない工夫がたくさんあります。
ファミリーサポート。
産後ドゥーラ。
育児ホームヘルパー。
地域の助け合い。
そういう「小さな知恵」を、ちゃんと制度に反映していく。
それが、地方議員や現場職の役割なんじゃないかなと思っています。東京から帰ってきて、そんなことを考えていました。
制度って、国会だけで作るものじゃないんですよね。
現場の違和感。
地域の日常。
誰かの困りごと。
そういうものが積み重なって、少しずつ形になっていく。
だから僕は、「まだ決まってない今」こそ、大事な時間なんじゃないかなと思っています。
皆さんは、この話、どう感じますか?
地方だからこそ見える景色も、きっとあると思うんですよね。
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ホーム>政党・政治家>山口 だいすけ (ヤマグチ ダイスケ)>「家事支援国家資格」は、“誰かのためだけ”の制度なのか