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種田 昌克 ブログ

「禁止」の貼り紙がない国―フィンランドの暮らしから考えたこと

2026/7/27

ラジオを聴いていて、一度フィンランドを訪れてみたいという思いが強くなった。
番組に出演していたのは、フィンランドのヘルシンキに暮らす作家・翻訳家の森下圭子さんである。森下さんは、大学生のときにムーミンの物語を読み直し、その前衛的な世界観に衝撃を受けたという。
「このような文学が生まれた背景を知りたい」
その思いから、1994年の秋にフィンランドへ渡った。現在は翻訳や通訳のほか、取材や視察のコーディネートなどを通じて、フィンランドの暮らしや文化を日本に伝えている。

「あれもダメ、これもダメ」と書かない社会

番組の中で特に印象に残ったのは、日本の銭湯とフィンランドのサウナの違いについての話だった。
日本の銭湯や温浴施設には、
「タオルを湯船に入れないでください」
「走らないでください」
「大声で話さないでください」
など、してはいけないことが細かく書かれている。
ところが、フィンランドのサウナには、そのような禁止事項がほとんど書かれていないという。
間違ったことをしている人がいれば、その場にいる誰かが「それは違いますよ」と伝えればよい。また、多少自分と異なる行動をする人がいても、「この人には、この人なりの考え方があるのだろう」と受け止める。
何でも規則にして一律に禁止するのではなく、一人ひとりの良識や良心に委ねるという考え方である。
この話を聞きながら、私は日本人がかつて持っていたはずの国民性について考えた。
日本にも、「言われなくても分かる」「人に迷惑をかけないようにする」「その場の空気を読んで行動する」という文化があった。ところが現在は、何か問題が起きるたびに注意書きが増え、禁止事項が増え、ルールを作らなければ秩序を保てない社会になりつつあるようにも感じる。
もちろん、外国人観光客の増加や価値観の多様化を考えれば、分かりやすく表示することにも意味がある。しかし、何から何まで規則に頼る社会では、私たち自身が考え、判断し、声を掛け合う力が弱くなってしまうのではないだろうか。
禁止の貼り紙が少ないということは、単に規則が緩いのではない。社会が人間の良識を信頼しているということなのかもしれない。

公共施設に「良いもの」を使う

もう一つ興味深かったのは、フィンランドでは公共施設に優れたデザインを積極的に取り入れているという話である。
学校の職員室に、価格の高い質の良い照明器具がいくつも設置されていることもあるという。図書館や空港の椅子、教会、公共建築などにも、美しく、使う人が心地よいと感じられるデザインが取り入れられている。
日本では、公共施設に高価な家具や照明を導入すると、「税金の無駄遣いではないか」と批判されることがある。
もちろん、行政には経済性や公平性が求められる。しかし、安いものを選ぶことだけが、正しい税金の使い方とは限らない。
子どもの頃から学校や図書館などで美しいもの、質の良いものに触れることは、人の感性を育てる。長く使えるものを選べば、結果として経済的になる場合もある。
公共施設は、単に用事を済ませるための建物ではない。人を育て、文化をつくり、そのまちの価値観を表す場所でもある。
フィンランドの優れたデザインは、特別な芸術家だけによって生み出されているのではない。森や湖などの自然に日常的に触れ、学校や図書館でも美しいものに囲まれて育つ。その積み重ねによって、国民全体の見る目が養われているのだろう。

高い税金と、その使い道

フィンランドは税金の高い国としても知られている。標準の付加価値税率は25.5%である。
日本の消費税率と比べれば、非常に高く感じられる。
しかし、番組で森下さんは、その税金が福祉や教育など、自分たちの生活を支える仕組みに使われているという実感が国民にあるのではないかと話していた。
フィンランドでは、国内やEU・EEA圏の学生については、大学などの授業料が原則としてかからない。一方、EU・EEA圏外から来た学生が英語で学ぶ学士・修士課程については、授業料が必要となる場合がある。
大切なのは、単に「税金が高いか安いか」ではない。
納めた税金が、教育、福祉、医療、図書館、公共空間などを通じて、自分たちの暮らしに戻ってきていると感じられるかどうかである。
税負担が大きくても、将来への不安を減らし、誰もが学び直すことができ、一人ひとりの可能性を生かせる社会がつくられているなら、税金に対する国民の受け止め方も変わってくる。
これは、日本の国や地方自治体の税金の使い方を考える上でも、非常に重要な視点だと思う。

幸福度を支えているもの

フィンランドは、2026年の「世界幸福度報告」でも、9年連続で世界一となった。
幸福度の順位だけで、その国のすべてを評価することはできない。フィンランドにも、長く暗い冬や、孤独、経済や社会の問題がある。
それでも、人の良識を信頼すること。異なる考え方を認めること。公共施設に美しく質の良いものを取り入れること。そして、税金を教育や福祉に生かし、一人ひとりが人生をやり直せる環境を整えること。
こうした社会のあり方が、人々の安心感や幸福感につながっているのではないだろうか。
「あれをしてはいけない」「これをしてはいけない」という貼り紙の少ないサウナから、国民と社会との信頼関係が見えてくる。
このラジオ番組を聴き、フィンランドの美しい建築や図書館、森や湖、そして人々の暮らしを、いつか自分の目で確かめてみたいと思った。

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種田 昌克

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