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野口 和彦 ブログ

小説『スイッチバック』 第11話 潮風の羊

2026/7/20

 

 その朝の万能市役所の三階は、いつもの諦めの匂いがしていた。

 和馬が机の上の有給届をそっと桑原課長のほうへ滑らせた、その時だった。

「大森くん。ちょっとこっちへ来なさい」

 桑原課長の声が低かった。机の前に立つと、課長は未決の書類の山を、ぽん、と指の腹で叩いた。

「この回覧、君んとこで三日も止まってるよ。この照会の返事もまだだ。県からの通達は、ちゃんと読んだのか」桑原の声がだんだん尖っていく。「そのくせ有給だけはきっちり取る。この前は奈良に、北海道の余市。今度はまた、北の果ての知床だと? ――君ねえ。地域振興課ってのは、物見遊山の課じゃないんだよ」

「……申し訳ありません」和馬は頭を下げた。

「いいかい」桑原は椅子の背にどっかりと身を預けた。「この街はね、もう伸びやしないの。国から金が下りてこなきゃ、道路一本引けやしない。若いのがあちこち駆け回って、夢みたいな土産を拾ってきたところで、なんにもならん。……波風を立てるな。前例どおり、粛々とやる。それがいちばん、みんなのためなんだ。君のためにも、だよ」

 諦めろ。身の程を知れ。眠ったまま静かにしていろ。――その説教は、あの高台で川上が呟いたという言葉と、ぞっとするほど同じ形をしていた。街のいちばん上と、いちばん下っ端の机とで、同じ諦めが、同じ声で鳴っている。堰は、議会や役所の上のほうにだけあるのではない。この善良な課長の胸の中にも、静かに一枚、下りているのだった。

 和馬はもう一度、深く頭を下げた。「……肝に銘じます。溜まった分は、戻ってから必ず片づけますので」

 殊勝な下っ端の顔。それが、いまの和馬の、いちばん頑丈な鎧だった。誰ひとり、この冴えない職員が鞄の底に、街をひっくり返す設計図を忍ばせているとは思いもしない。桑原の説教は、皮肉にも、その擬態をより完璧に仕上げてくれる。叱られるほど、和馬はより無害な男になっていく。

 しぶしぶと、有給届に判が捺された。それを押しいただくように受け取って、和馬は庁舎をあとにした。北へ向かう足取りだけは、あくまで気の重い、しがない役人のそれを装って。

 オホーツクの海は、鉛の色をしていた。斜里岳の裾がなだらかに海へ落ちていく。その斜面いっぱいに、枯れかけた牧草が金色に伏せていた。十一月。和馬の頬を刺す風は、もう冬の匂いをさせている。潮の匂いに枯れ草の匂いが混じった。世界自然遺産の名を背負う山と海のあいだに、その放牧地はあった。

 斜里の十一月は、もう冬の入り口だった。風が絶え間なく枯れ草を鳴らしている。斜里岳の頂には、うっすらと初雪が置いていた。

 爺のひとことが背を押していた。「ワインは決まった。だが、ワインだけじゃ宴にならねえ。紅金を引き立てる食が要る」――赤に合う肉を探せ。爺はそう言い一枚のメモにこの北の果ての地名だけを書いた。

 なぜ肉なのか。なぜ、こんな遠くまで。飛行機と車で半日、和馬はそれを考えつづけていた。答えは、まだ出ていない。ただ、原沢のメッセージが腹の底で重かった。県の基本計画に市議会が内側から閂をかけようとしている。川上の手だ。急いだ方がいい――そう書いてあった。こちらが北で草を踏んでいるあいだにも、あちらの手は動いている。

 斜面のなかに、白い点と黒い顔が散っていた。羊だ。数えて、百は超えている。顔と四肢だけが黒い羊がいる。その脇に全身の丸い白い羊がいる。群れのあいだを一頭の黒い犬が風のように駆けていた。犬は羊たちを睨み、追い、じわじわ一箇所へ寄せていく。散っていた白と黒がみるみる一つの雲になった。

「東京から来た兄ちゃんかい」

 犬の主が振り向きもせずに言った。声だけが風に乗って届く。赤いヤッケの六十がらみの男だった。顔じゅうが陽に焼けて皺が深い。差し出された手は硬く分厚かった。

「本間だ」

「はじめまして。万能市役所、地域振興課の大森和馬と申します」和馬は、その硬い手を握り返し、深く頭を下げた。「本日はお忙しいところ、遠くまでお邪魔するのをお許しいただいて、ありがとうございます。羊のことを、一から教わりたくて参りました」

「ほう。役所の兄ちゃんが、羊をねえ」本間は、その丁寧な物腰に少し目を細めた。

 和馬は放牧地へ目をやった。白い羊のなかに、顔と四肢だけが黒い羊が点々と混じっている。

「あの……黒い顔の羊と、白い丸い羊と、二種いるんですね」和馬は、正直にそう口にした。半端に知った顔をするより、素直に訊いたほうが、相手はずっと多くを話してくれる。それが、この旅で覚えた作法だった。

「よく気づいたな」本間は、少し感心したように言った。「顔黒がサフォーク。肉用の大型種さ。そっちの白い丸いのが、サウスダウン。羊肉の王様と呼ばれる品種だ。近ごろは、その二つを掛け合わせた仔も育ててる。ラムの柔らかさに、王様の脂の旨みが乗る」

 本間は、犬がまとめた群れへ顎をしゃくった。「見てみれ。あいつら、臆病で繊細な生きもんだ。人が急かせば、たちまち怯えて痩せる。だからな、こっちが羊に合わせる。追い立てるんでなく、委ねる。あいつらの暮らし方に、こっちが寄り添う」

 風が群れの上を渡っていった。枯れ草が一斉に倒れ、金色の波が斜面を走った。

 和馬は本間について斜面を登った。一歩ごとに、風が横から押してくる。足元では羊たちが、残り少ない草を食んでいた。

「この斜面、機械は入るんですか」

「入らんよ。急すぎるべ」本間は事もなげに言った。「畑にゃならん。人が耕せん、使えん土地さ。だがな、羊は勝手に登って、勝手に食う。食って、肥って、糞をして、土を肥やす。そうやってこいつらは、使えん土地を肉に変える生きもんだ」

 和馬の胸が、鳴った。万能の、七割五分。広すぎてインフラも通せず、持て余していた荒れ斜面。あの厄介な土地こそ――羊の海になる。宝でありながら足枷だったものが、ここで裏返る。ゆきに突きつけられた「銭の出所」の問いに、初めて土地そのものが答えを返した気がした。

 ――と、その時だった。

 群れをまとめていた黒い犬が、ふいに動きを止めた。羊から目を離し、耳をぴんと立てて、放牧地の外れ――海沿いの砂利道のほうを、じっと見据えている。喉の奥で、低く、唸った。

「どうした、ハチ」本間が声をかけると、犬は一つ鼻を鳴らして、また羊のほうへ駆け戻った。

 和馬も、その砂利道へ目をやった。遠く、白いレンタカーらしき車が一台、路肩に停まっているように見えた。だが、逆光でよくわからない。誰も、降りてくる気配はない。ただ、こちらを向いて止まっているような、そんな気がしただけだ。潮風が、また枯れ草を鳴らした。和馬は、その小さな引っかかりを、旅の疲れのせいにして、忘れることにした。

「餌は、草だけで?」

「草がいっとうさ。だが、それだけじゃ肉に旨みが乗らん」本間は小屋のほうを指した。「うちは餌を全部、自分で配合してるのさ。輸入の飼料は、一粒も使わん」

 小屋の隅に大きな袋が積まれていた。本間が袋の口を開けて見せる。粉になった小麦と、煮た大豆、米ぬか、乾いた繊維のようなもの。

「近くの畑から出た、規格外の小麦と大豆さ。売り物にならん、はねられた分だ。それに米ぬかと、ビートパルプ――砂糖大根の搾りかす。ぜんぶ、この道内で採れたもんだ。百パーセント、国産」

「わざわざ、そこまで」

「輸入の飼料にゃ、遺伝子をいじった種や、収穫後に撒く薬の心配がある。そんなもん、うちの羊には食わせん」本間は、袋の口を結び直した。「この配合は、長年かけて研究した。羊の香りが、ほんのり残るぎりぎりの塩梅にな。強すぎりゃ臭え。弱すぎりゃ味気ない。その、ちょうどの一点を何年もかけて探した」

「ですが、まわりは」和馬は、積まれた袋を見た。「みんな、そうじゃないんでしょう」

「まわりはな、餌を海の向こうから買う」本間の声が、ふと低くなった。「国産の肉、国産の卵、国産の乳――看板は立派だべ。だがな、その腹の中を通ってるもんは、たいてい海を渡ってきた穀物さ。トウモロコシも大豆も、あらかた輸入だ。つまり、生きもんの命そのものを、よその国に握られてるってことよ」

 本間は、火を見るような目で、遠い群れを見た。

「一度その餌に馴らしちまうと、もう抜けられん。値が倍に跳ねようが、船が止まろうが、買いつづけるしかねえ。買えなきゃ、牛も豚も、腹を空かせて倒れる。よその国が咳ひとつすりゃ、この国の畜舎が飢えるべ。――そういう首輪を、みんな、自分の家畜にはめてるのさ。安く済むと思ってな」

 和馬の背に、覚えのある寒気が這った。首輪。買いつづけるしかない。抜けられない。――どこかで、聞いた話だった。

 野渕種苗の、源蔵。あの不死鳥の看板の下で、老人は言った。F1の種は、一代こっきり。実った野菜から種を採っても、親と同じものは、二度とできない。だから毎年、種苗会社から買いつづけるしかない。自分の畑の恵みが、自分のものにならない仕掛け――と。

 同じ首輪だ、と和馬は思った。種を海の向こうに握られた畑と、餌を海の向こうに握られた畜舎。かたちを変えて、同じ縄が、この国の土と生きものの首に、二重に巻かれている。安さと引き換えに、自前で立つ足を、少しずつ抜き取られていく。まだ薄い影のようなその構図が、いつか、この街にも、はっきりとした波になって押し寄せてくる――そんな予感が、潮風にまじって、和馬の首筋を撫でた。

「だからおれは」本間は、袋をぽんと叩いた。「餌から、自分の手に取り戻した。地元の、はねもんでな。よその国が何をしようが、うちの羊は、うちの土地だけで、腹いっぱいになる。首輪の要らねえ羊さ」

 地元ではねられた作物が、羊の腹を通って旨い肉に変わる。捨てられるはずのものが循環の環に組み込まれている。海の向こうに握られていた命の綱を、土地の内側へ手繰り寄せている。源蔵が固定種で種を土地へ取り戻したのと、寸分たがわぬ思想だ。和馬はそう思った。退いて、足元を握り直す。これも、一つのスイッチバックだった。

 日が傾くころ、本間は小屋の前で火を熾した。網の上に骨つきの肉を無造作にのせる。味つけは塩だけ。それも、指でひとつまみ。

「臭うんでしょう、って顔してるな」本間がにやりとした。「羊は臭え。世間はそう思ってる。あんなもん、古い肉と、下手な飼い方の話さ。うちは繁殖から肥育、捌くとこ、売るとこまで、ぜんぶ自分の手でやる。だから、いっとう新鮮なうちに出せる。まともに育てて、まともに捌けば――なんも、臭わん」

 焼けた肉を、和馬は口に運んだ。

 ――んんっ!違う!羊のあの癖が、どこにもなかった。脂が軽い。それでいて、噛むほどに奥から甘みが立ってくる。舌の上で脂そのものが砂糖のように甘い。かわりに、ほんのわずかな鉱物のような潮の気配が残った。

「うまい、って顔だ」本間が火に薪を足した。

「潮風、ですか」和馬は、思わず言った。「海を望む斜面で、潮を浴びた草を食う。その塩気が、肉に――」

「潮風も、多少はあるべな」本間は笑った。「だがな、いっとう効くのは餌さ。土地の草と、土地の穀物。この土地のもんだけで育てるから、この土地の味になる」

 和馬の頭に、遠い国の名が浮かんだ。プレサレ。フランスの海辺の塩沼で草を食む羊。世界じゅうの美食家が、その一皿のために海を渡る。土地が、肉になっている。

 葡萄と同じだった。余市の杉山夫婦は言った――寒い土地ほど、葡萄は強くなる。土地の厳しさが、味になる。石灰の岩盤が万能の赤にあの土地だけの背骨を通す。なら、肉も。紅金の隣に置くべきは、よその肉ではない。万能の土地が育てた、万能の羊だ。土地の味を宿した赤に、土地の味を宿した肉を合わせる。それでこそ――宴になる。

「兄ちゃん、羊で食っていこうってんなら」本間は火を見つめた。「いっとう先に、覚えとけ。この国は、羊が足りん」

「足りない?」

「日本人が食う羊のうち、この国で育ったのは、百に一つも――いや、その半分にも足りん。〇・五パーセントさ」本間は鼻で笑った。「あとの九十九以上は、豪州やらニュージーランドやらから、船で来る。つまり、市場のほとんどが、まるごと空いてるべ。こんな穴の空いた商売、ほかにあるかい」

 空白。誰も旗を立てていない、まるごと空いた市場。余市で知った、あの赤の泡の"空っぽの玉座"と同じだった。羊もまた、誰も座っていない空白の一つだった。

「しかも、時代は動いてる」本間は続けた。「近ごろは、名の知れた料理人が、羊を主役に据え始めた。臭え安肉の時代は、終わりつつある。ちゃんと育てた国産の一皿を、うまいと言う客が、確かに増えてきたのさ」

 希少な国産ラム。そして、世界でも二パーセントしかない紅金の――赤の泡。和馬の頭のなかで、二つの希少がかちりと噛み合った。希少に、希少を合わせる。誰にも真似のできない、たった一つの宴。

「兄ちゃん、知ってるか」本間がふと空を見上げた。「この北海道で羊が飼われだしたのは、昭和のはじめさ。だがな、そのころは肉のためじゃねえ。毛のためだった。防寒服の、羊毛を採るためよ」

「毛、ですか」

「そうさ。ところが、化繊が出てきた。安くて丈夫な化学繊維だ。羊の毛は、たちまち売れなくなった」本間は火を見つめた。「さあ、羊は用済みか。潰すか。――誰かが、そうは考えなかった。この羊を、どうにかうまく食えねえかとな。したっけ、生まれたのさ。ジンギスカンってやつが」

 風が原野を鳴らしていた。

「羊は、終わっちゃいねえ」本間は、静かに言った。「終わったのは、毛の時代だ。用途を、食い方を、変えただけさ。同じ羊が、毛から肉へ、まるごと役目を反転させて――生き延びた」

 和馬は、その言葉に打たれた。

 スイッチバックだ、と思った。守るものは変わらない。この街も、この羊も、消えてなくなったわけではない。ただ、向きを変えられなかっただけ。使い方を、反転させればいい。百年前のレバーを、今、引き直せばいい。まぶたの裏に、逆向きに折り返す、あの街の線路が浮かんだ。毛から肉へ。街も、同じように、いっぺん後ろへ退いて、前へ。

 だが、本間の顔から笑みが消えた。「ただし、兄ちゃん。羊にゃ、どうにもならん弱みが、ひとつだけあるのさ」

「弱み」

「暑さだ」本間は低く言った。「羊は繊細な生きもんだと言ったろ。寒さにゃ、めっぽう強え。真冬の吹雪でも、毛皮があるから外で平気で寝てるべ。だが、暑さは――だめだ。てきめんに、やられるのさ」

「やられる、とは」

「夏の暑さで、乳が止まる。子が育たん。ひどい年にゃ、ころっと逝くのさ」本間は、和馬をまっすぐ見た。「あんたの街は、夏、暑いかい」

 和馬は答えられなかった。万能の夏を思い浮かべる。山あいの底に湿った熱がこもり、アスファルトが陽炎を立て、蝉が鳴きやまない。いま頬を刺すこの寒さとは、正反対の夏だ。

「暑いんだな」本間は、和馬の沈黙を読んだ。「したっけ、この北の羊は、そのままじゃ死ぬぞ」

「じゃあ――暑い土地じゃ、飼えない」

「そうは言ってねえ」本間は火をかき混ぜた。「日陰さ。羊が暑さから逃げ込める、涼しい日陰。それと、たっぷりの水。それさえ作ってやれれば――夏も、越せる」

「日陰を、作る」

「どうやってかは、あんたの土地の知恵だべ」本間は肩をすくめた。「おれは、この海と斜面の男だ。暑い土地のことは、暑い土地の奴に聞け」

 陽が落ちる前。本間が、ふと思い出したように言った。「そういや兄ちゃん。昼間、あんたのこと訊いてった奴がいたぞ」

「訊いてた?」和馬の背を、冷たいものが走った。

「レンタカーの、都会風の男さ。この羊はどこの街へ行くんだ、買い付けの兄さんはどこの誰だ、ってな」本間は群れを見やった。「羊の写真まで撮ってったわ。まあ、物好きも、たまには来るがな」

 白いレンタカー。――昼間、あの犬が唸った、砂利道の、あの車だ。和馬の背に、今度こそ、はっきりと冷たいものが伝った。物好きなものか。余市に続いて、この北の果てにまで、影は伸びていた。紅金に近づき、羊に近づいた和馬の足取りを、誰かが一歩ずつ、書き留めている。犬は、とうに気づいていた。人よりも、先に。

 その夜。小屋を借りて、和馬は寝袋にくるまった。窓の外で、風が原野を鳴らしている。海の音か、草の音か、区別がつかない。

 携帯が一度だけ光った。原沢からだった。『動議、委員会を通った。基本計画の入口に、閂がかかりかけてる。急いだ方がいい』

 和馬は画面を伏せた。目を閉じると、まぶたの裏に二つの絵が重なった。毛から肉へ役目を反転させて生き延びた、一頭の羊。そして、沈みかけた船の底でなお過去のレバーを握りしめている、顔も知らぬ手。どちらも、同じ岐路に立っていた。守るために、変えるのか。守るために、しがみつくのか。

 翌朝。和馬が発つとき、本間は一頭の仔羊を抱いていた。生まれてひと月ほどの、めんこい奴だ。

「持ってけ、とは言わん」本間は仔羊の頭を撫でた。「連れて帰るにゃ、あんたの街の夏は、まだ暑すぎる。羊が夏を越せる場所を、先に作れ。涼しい日陰を、こさえてこい。したっけ、いつでも、うちの血を分けてやる」

「約束します」

「兄ちゃん」去ろうとする和馬を、本間は呼び止めた。「羊は、繊細だ。臆病で、暑さに弱い。だが、寄り添ってやれば、こんなにうまい肉になる。街も、同じでねえのかい。弱えとこを責めるんでなく、寄り添って、向きを変えてやる。したっけ、街は――ちゃんと、応える」

 風が原野を渡っていく。金色の波が、また走った。

 帰りの車のなかで、和馬は一つの問いだけを、握りしめていた。――暑い土地で、羊に、涼しい日陰を作る術。その答えは、まだ、どこにもなかった。この羊を万能の夏に立たせぬかぎり、紅金の宴は、絵に描いた餅のままだ。冬枯れの大地の果てで、和馬はハンドルを、南へ切った。答えを探しに、街へ帰る。

(第11話 了)

 

音声解説

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次回予告 第12話「夏の壁」

 北の羊を、万能の荒れ斜面へ。加藤と万能ファームが沸き立つ。だが、夏の暑さが羊を殺し、川上に飼われた議会は、一片の条例で家畜の道を塞ぐ。生き物の壁と、人の堰。二重に閉ざされた和馬の前に、毛糸の帽子の老人が、ふらりと現れた。「涼を、こさえてえのか。だったら――西の、空の近くさ」

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著者

野口 和彦

野口 和彦

選挙 飯能市長選挙 (2025/07/20) 9,608 票
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飯能市

肩書 会社役員 マーケティングコーチ 健康管理士一般指導員 前飯能市議会議員(3期)
党派・会派 無所属
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